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2008/06/28

福井でCS3の概念を知る

先週末になりますが、福井に行ってまいりました。CANという、冷却CCDの団体に招かれ、僭越ながら「比較(明)大量コンポジットによる都会での星景写真」というタイトルで講演してきました。

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人前でお話をするにあたって、パワーポイントで資料をしこしこ作ったのですが、今さらながら「比較(明)大量コンポジット法とはそもそも何か」という根本を考え直すのにとてもいい機会でした。質疑応答や、その後、東京に戻ってから別の飲み会で聞いた話もミックスされ、この手法の理論背景が、なんとなく自分の中で分かってきた感じです。

あと、それも踏まえて、ですが、まだまだ手法が分かりにくい部分が多いということを再認識しました。遠からず、一から分かる大量コンポジットのページでも作ろうと思います。

さて、それはまぁいいとして、今回の福井遠征のもう一つの目的は、よっちゃんのフォトショップテクを見ることでした。彼は、1時間の講演で3枚の写真を実際に画像処理してくれたのですが、いやもうエレガント。上質のクラシックコンサートを聞いているかのように心地よい1時間でした。

 

この講演を見て、ようやくフォトショップというのものがなんなのか分かった気がします。フォトショップってのは、極論すると、いわゆる「画像処理ソフト」じゃないんだね。

普通の画像処理ソフトというのは、例えばシャープとか、トーンカーブとかの「効果の種類をまず選んで、次にその効果の強さを決め」ていく。アクションと、その結果がリニアなんですな。そういう行為を繰り返しながら、絵を作っていく。私のフォトショップの使い方も、そんなんやった。

でも、フォトショップの本質はそうじゃない。これはもうソフトじゃなくて「概念」なんだ。

例えば、レイヤーは元の画像に別の画像をのっける「透明なシート」というだけでなく、色やトーン調整といった「機能」も乗っけられるんだという考え方。そして、そんな機能をどの部分にどれだけ及ぼすかという「効果の度合い」は、元画像と同じ縦横ピクセルにどれだけの係数を与えるかということに他ならず、係数0倍→255倍を黒→白と表記すれば3次元じゃなく2次元ですむ、と。それが「マスク」という白黒の画像なんだね。さらにフォトショップがすごいのは、マスクは画像(と同じ)なんだから、マスク自体にトーンカーブやシャープをかけて、効果の度合いをさらに細かく決められますよ、ってことなんだ。

これはもう「世界観」だね。数学的に美しいと思う。それに気づかせてくれて、よっちゃんありがとう。

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2008/06/07

キヤノンから新印画紙

キヤノン・プロフォトペーパーA3ノビのストックが切れたので、アマゾンで注文しようとしたら在庫がない。キヤノンHPの消耗品コーナーからも消えている。はてな? と思っていた矢先に新しい写真用紙が発表された。「光沢 プロフェッショナル(PR-201)」という名前で、7月中旬に発売されるらしい。期待しておりマス。

Pr201

さて、星ナビの7月号にこれが入選しました。プラチナリングのようだと褒めていただいてありがたいかぎり。これを撮った公園は、水銀灯が明るくて深夜でも文庫本が読めるくらいなのですが、レンズの優秀さに助けられました。最近のシグマは本当にすごいです。特にこの8mm魚眼、15mm対角線魚眼、70mmマクロあたりのシャープさはすばらしいですね。

ところで、星ナビの評の最後の「しかしながら、星空シーンと都市空間の遊離を埋める作画の必然性がないようにも感じます」という一文が、何度読んでも意味が分かりません。どなたか日本語に翻訳してもらえませんか。

「星と都市というかけ離れたものを同時に写す意味が分からない」ということ?

それとも、「星と都市を写すなら、あまりにかけ離れた両者をつなげる作画が必然なのに、それがない」ということ??

 

いやホント、デジカメで星景写真を撮り始めてから、いろんなことを言われます。天文ガイドには3入選目くらいまで「デジカメは熱カブリがあるから星景写真には向かない」と評され続けました。最近でこそ、冷却デジカメが登場して1時間ほどの露光も可能になってるようですが、高価な冷却デジカメじゃなくても、コンパクトカメラでも撮影できて、しかも、12時間超の露出も可能なんですよと証明したつもりなんですが、その後も「CGみたいなもんでしょ」と言われたり、「必然性がない」と言われたり。

星ナビといえば、読者の写真コーナーの入選作が今月、ついにすべてデジタルデバイスになったそうです。編集部は「時代の流れの必然とはいえ、古くからの天体写真ファンとしては一抹の寂しさを感じます」と総評しています。

そっかなぁ? フィルムで撮ろうがデジタルで撮ろうが、天体写真は天体写真だと思うが・・・。そりゃ「天体写真ファン」じゃなくて、「フィルムファン」の意見ではないのか?

まぁ実際、カメラ雑誌でも、デジタルの扱いは大変みたい。アサヒカメラなんか、ちょっとデジタルの特集でもやろうもんならえらい数のクレームが来るんだそうです。カメラ映像機器工業会は今年2月、フィルムカメラを出荷統計をやめてしまいました。生産台数が1月に1580台となり、それ以降の月は統計的に意味のある数を満たさなくなったからです。ちなみに同月のデジカメ生産台数は541万台で、昨年同月比27%増でした。フィルムカメラのユーザーは減る一方なのに、デジタルの記事を載せられもしない。出版不況で新しい雑誌を立ち上げることもできない。これはもう、緩慢な死です。ジョージ・ブッシュもびっくりでしょう。

もちろん私は、ネガフィルムによる人物の肌の表現力や、漆黒から黒にかけてのフィルムの階調のすごさを知っていますし、そこにこだわっているプロも知っています。こればっかりはデジタルでは太刀打ちできない領域だと確かに思う。1DsMk3ならこの階調が得られるかな、と期待したけど、2週間ほど使ってみた印象ではまだまだ無理みたい。解像度は充分ですけどね。

でも、いずれにしろ、カメラもフィルムもパソコンもソフトも所詮「ツール」でしょう。「手段」であって、「目的」じゃない。

都会でも星が撮れるってことは、全国どこに住んでいても、夜出かけるのが難しい子どもたちでも、自宅のベランダから、星の写真が撮れるということかもしれません。

技術的にどこまで写せるのか、の追求だけなら、来年の今ごろは昼間に星景写真を撮ってみせます。太陽と月と金星の日周運動とか、おもしろそうだし。

この夏には東京都心にどかんと横たわる天の川を狙うつもりですが、もしそれが成功したら、また賛否両論あるんでしょう。しかし、どんな都会でも星たちは光り輝いていて、それが写真に写るということは存在しているはずなのに、そこに住む1000万人の人たちはそれに気づかずに、もしくは見られずに生活しているんだ、という事実を、少なくとも投げかけられるのではないか、と思ってます。

銀座や渋谷で空を撮ってると、不思議そうに声をかけられます。「何が見えるんですか?」って。「星ですよ。こんな都心でも星は写るんです」って携帯電話に入れてある写真を何枚か見せると、みんなすごくうれしそうな顔をして、「へぇ~っ!そうなんですか」って目を丸くする。

その驚きを与えられるだけで、いいんじゃないかと。少なくとも私には、充分なんですが。

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