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2007/04/02

写真のうまさは、シャッターを押した回数に比例

デジタルカメラが登場して10年以上。この発展は、ネットの進化と連動してきたといって過言ではない。当時のデジカメは、フィルムで撮影するほうがよほどいい画質なのはわかった上で、コンピューターとの親和性を求めて使われるデバイスだった。

デジカメが急激に普及したのは、ひとえに、万人が、HPに画像をアップするようになったからだ。ニフティサーブの2400bpsパソコン通信時代は、文字情報をやりとりするだけで気持ちよかったし、33600bpsになって広末涼子や気象庁衛星ひまわりの画像データをダウンロードしたときは、すごすぎて卒倒しそうになったもんだ。ヤフオクですら、「デジカメを持っていないので画像を載せられません」なんて出品が山ほどあった。

一方、一眼デジカメの開発は長野五輪にまで遡る。新聞の上4段分を見開きでぶち抜いた「舟木満点、美しすぎる」の滑空写真を撮影したのは600万画素のデジカメだったという。そして、ニコンD1が65万円という「破格値」で登場。カメラとしては本当にウンコだったが、フジのS1proが30万円という「超バーゲンプライス」で出たのがわずか6~7年前である。それを考えると、5Dの30万円なんて、当時の自分に2台くらいプレゼントしたい気分だ。

デジカメの最も重要なメリットは、ネットとの親和性以上に、フィルム代がかからず、ほぼ無限に撮影できることだろう。経験上、その人の写真のうまさは、ほぼ、シャッターを押した回数に比例する。ランニングコストを考えなくてよく、1000枚でも2000枚でもシャッターが切れる。その中から数枚を選べるんだから、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるというものだ。

いま、小学生以下の子どもたちは、物心ついた瞬間からデジカメなんだろう。彼らが撮影する枚数は、我々のそれよりもはるかに多いものになる。そんな子どもたちが成人する2020年ごろ、いまは想像もつかないような写真を撮る写真家が、何人も現れそうな気がする。10年後、我々は彼らのさらに先を進んでいられるだろうか。

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